なぜ阿弥ちゃん→「我」なのか

梅本まどかの考えた柴田阿弥を思い浮かべて出た一文字は「我」

ウィキペディアで「我」を調べて
これは大いに”まずい”なあ…と思ったのでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/我

宗教上の概念とか書いてあるものだから、うかつに触れないほうがよいかなあ、と
ピンポイントで引用するならば、
人間の生命現象の奥に潜んでいる本質存在

根っこの根っこ、みたいなものという考え方なのかな
とても深く、とても強い。

自分でまずイメージしたのは、我儘
わがままな流れ星の印象?でも、たぶんそうじゃない。

我が強い。
揺るぎない自分の思いを持っている阿弥ちゃんは、
そういうところがあると思います。

他に、我という単語には見下すような意味合いもあります。
さすがに、そんなことはないと思うのですが。


…あくまで推測です。
梅本まどかと柴田阿弥は、かつて年齢も近く仲もよかった。
けれど、我の強さがじゃまをした。
チームEを引っ張る。そんな思いは、
リーダーである梅本まどかとは別の思いなのではないだろうか。

自分が自分が。
いつもひとり
どこが引っ張れるの

言っていることとやっていることが合わない。
もし、見えないところでやっているのだとしても
阿弥ちゃんはめったにそういうことを言わない。

秘めている人よりも
声高に伝える方が圧倒的に伝わってしまう。
↑まどかが声高とは言っていません

伝わらなきゃ、わかんない
本当の気持ち、阿弥ちゃんは最近モバメに少々載せていますが…

でも
モバメではがっつり推している人しか伝わらない。
気になる程度の人には当たり障りない内容のブログやぐぐたすしか見えない。

新しいファンを引き付けてなんぼ。
ほんとうは熱い思い、強い思いがあったとしても…伝わらなきゃ

曲がらない、強い芯のようなものがあると思います。
それって、きっとぶつかり合うよなあ…。
ぶつかり合いその強さを知っているからこそ、「我」に行き着くのでは。
強い、激しい意味深な一文字です。
思うところがなければ、引き出せない一文字ではないでしょうか。


柴田阿弥は強い力を持っている。
使い方を誤れば、それは自分が傷付きまわりを傷付ける。
力を正しく使いこなすことができれば、きっと願い叶う。
まわりも巻き込んでどんどん成長できるはず。

阿弥ちゃんがかつて投げかけてきた
なにかが足りない。
なにが足りない?
もしかするとこのあたりに、答えがあるような気がするのです。


…あくまでも推論を展開させていただきました。
読んで気分を害されたとすれば、申し訳ありません。
ご意見ご感想いただければ幸いです。
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こんばんは!
なかなか興味深く拝読させていただきました。

さて、「我」ということですが、確かに仏教では、あまり良くないことのように書かれていますね。ウィキでは。
まぁ、それも誤りではないでしょう。
「悟りの境地=無我」ということですから。

ただ、西洋文化から見ると「我」というのは非常に大切な感覚ではないかと思います。
「我」を大切にするから他の人も大切にできるというように。
それが個人主義というものだと思います。
(自分さえ良ければ良い!といのは個人主義ではありませんので、ご注意ください。これはただのエゴです)

「我」のとらえ方の違いは、東洋文化と西洋文化の違いなのでしょう、と私は考えています。
この文化の違いを「もののけ姫」は、見事に描いていると思います。と話はそれましたが…


「我」は芸能界で生計を立てようとする人にとっては絶対に必要なものではないかと思います。
自分がないと個性がなく売り込みもできないからです。
ただし、もう一つ必要なものがあると思います。
それは、
「目配り、気配り」ではないかと、考えます。
「我」を持ちつつ、他人を気遣えるような「目配り、気配り」ができれば良いのだと思います。
これは、バランスの問題だと思います。
どちらが強すぎても芸能界ではやっていくのが難しい…
「我」が強す過ぎると、自分だけ良ければ…ということになってしまいかねない。
かと言って、「目配り、気配り」ばかり気にしていたんじゃ、精神的にまいってしまう。
このバランスが大切なのではないかなぁ…と思います。

そして、梅ちゃんが阿弥ちゃんにあてた「我」ということ。
確かに、おどぱさんの仰るようなことがお互いの間であったのかもしれませんが…
私には、もうちょっと簡単な気がしておりまして。
梅ちゃんが、阿弥ちゃんのマイペースなところを見て「我」という文字をあてたのではないかと…
そんな風に思うのですが…
私は楽天的すぎるのでしょうか?

と長々とすみませんでした。

2012.11.08 00:39 さむらい #- URL[EDIT]
目配り、気配り

さむらいさん
ご意見ありがとうございます。

ディベートにおいて
多くの日本人は自分の意見を強く持たないと言います。
「わたしもそう思う」よく話し合いで聞くことばです。
西洋をはじめ、諸外国では各々がしっかりと独自の意見を持ち
しっかりと主張し、尊重し合うと聴いたことがあります。

目配り、気配りというのは
ひとつの解答かもしれませんよね。

先日のダイアモンドホール出張公演でまいまいに
マイクを貸すことができるようになった成長が嬉しかったのは
わたしが無意識に
目配り気配り心配りを求めているからなのかもしれません。

ただ個人的には、
マイペースと我は
どうもイコールでは結べないかな、と思ってしまいます。
…あ。
意思あるマイペース
わたしはわたしのペースで。と考えたら、
似ているような気もしてきました。

考えて下さりありがとうございました!

2012.11.09 01:41 おどぱ! #NTI3Nb4o URL[EDIT]

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